正月閑話   「不老長寿」  平成14年正月

 小学生の頃は、12月になると音楽の時間に「もう〜い〜くつねると〜お正月〜」と待ち遠しく歌っていた記憶がある。月日の

経つのは早いもので、今や白髪混じりの中高年親父。数年前から始めたお決まり事として、小さくて子供の小遣いでも買える

ような干支の置物を飾ることにしている。ついこの間「巳」を飾ったばかりなのに、もう御役ご免で仕舞い込んだ。長い間ご苦労

様、と労うべきかも知れないが、それ程長かったとはとても感じられない。それでも今年の干支である午には、今年一年が良

い年でありますようにと、ちゃっかり都合良くお願いをした。

 齢を重ねる毎に、一年を短く感じるのは自分だけではないだろう。誰でも同じことを感じながら、ほろ苦いため息を吐いてい

るのだと思う。しかし時には、絶対に年を取りたくないと言う人もいる。秦の始皇帝は正にその人だった。三黄五帝の時代から

数えて、最初に国を統一し自らを皇帝と称した。紀元前221年のことだ。恐れるものは何もない権力を手中にした。だがしかし、

そんな並ぶ者のない権力者にも、意のままにならないものがあった。自分の「寿命」である。晩年は秦国の不安定な空気を察

し、また自分の寿命にも感じる所があったのだろう。ある時皇帝は、お抱えの方士(万能学者)に不老不死の仙薬を探し出すよ

うに命じる。その中で一番有名なのが徐福だ。何と言っても彼は、皇帝から莫大な資金を引き出したし、日本にも縁が深い。佐

賀県や三重県の熊野に仙薬探しの渡来伝承が残っている。この辺りの経緯は漢書十八史略に詳しい。詳しいと言っても、私に

は原書は読めないので、陳舜臣氏の小説に依るのだが。結果は当然の事ながら、仙薬を見つけだす前に皇帝は没する。

 ところがだ、科学はその仙薬を発見してしまった。恐るべし現代の方士達である。始皇帝もさぞかし悔しがっているだろう。精

子や卵子を凍結して、何十年も保存する程度は言うまでもなく、クローン人間の誕生だ。昨年アメリカのバイオ企業でヒトのクロ

ーン胚作成に成功したという。この技術を応用すると、心臓の悪い人は心臓を目が悪い人は目を再生する事ができるらしい。ま

るで夢のような技術だ。それなら行き着く所は、バンザアーイと叫びたくなるような不老不死の仙薬ではないか。

 だが待てよ…、ちょっと何か変だぞ。不幸にして体に不具合のできた人には本当に朗報だけれど、どんな臓器や組織も再生

できるとなると…?

 不老不死は人が遙かな昔から夢見て来たものだが、本当は不老長寿を願ってきたのではないか。天寿のある間は老け込ま

ずに、自分の意志で行動できるという意味で。そう考えると、何百年間も若返り再生を繰り返して生きるのではなく、普通に生ま

れて普通に結婚し子供を授かる。子から孫、孫から曾孫へ連綿と受け継がれる命。老いては、津軽にある「黄金崎不老ふ死温

」という結構な名のお湯に、ゆったりと体を沈め今の幸せをかみしめる。それこそが本当の意味での永遠の命、不老不死 で

はないかと思う。

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